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【『鍋に弾丸を受けながら』感想・レビュー】食べたことのないものからしか得られない味

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食べたことのない食べ物からでしか得られない「味」は、確かにある。

「想像していた味とちがった」経験は誰しもあるのではないか。

レストランでメニューを見て、想像したあの味。口の中には何も入っていないのに、甘い、塩辛い、酸っぱい、苦い、複雑に舌が感じ取る感覚。食べたことのないものを味わっているこの瞬間が料理の最高潮ですらある。

悲しいかな、空想の味というのは実態を持つ本物の食材を食べてしまうと、二度と味わえない。物体を口に運んだ瞬間から、想像していた味というのはどこかへ吹き飛んでしまう。

 

幼いころ読んだ絵本には、よくクルミが登場した。

かわいらしい動物の食事シーンで景色にそっと書き込まれているクルミ。リスがでてくるとクルミも登場する確率が高い。

梅干しの種みたいな殻の中に入っている、びれびれとした見た目の木の実は一体どんな味がするのだろうかと、幼いわたしは想像していた。かわいい動物が食べているのだから、きっとかわいらしい味ーー柔らかで、まろやかで、ほんのり甘い、そんな味を、絵本を読みながら口の中に感じていた。

 

わたしのクルミデビューは小学校高学年の時。絵本でクルミを見てから、長い間空想のクルミを味わってきた。ある日、近所に新しくパン屋ができた。そのパン屋では、つぶあんのあんぱんのてっぺんにはクルミをくっつけていた。夢にまでみたクルミクルミを食べるためにあんぱんを買うという、今思えば奇妙なことをしたものだ。

そっとあんぱんからクルミを剥がして口に入れた。

渋くてかなわなかった。

絵本のかわいらしい世界の食べ物としか認知していなかった当時のわたしにとって、クルミは渋すぎた。

パン屋の名誉のために言っておくと、あのパン屋が使っていたクルミが特別渋いわけではない。空想上のクルミの味が、あまりにも優しくて、甘くて、苦いとか渋いとか微塵も感じさせなかったから勘違いしてしまったのだ。

あぁ渋い渋いとお茶でクルミを流し込むと、空想上の、あの綿菓子のようなクルミの幻想まで消えてしまった。あのクルミの味は、もう二度と味わえない。

 

『鍋に弾丸を受けながら』は、グルメ漫画だ。

この漫画の冒頭のセリフがこの漫画をよく表している。

 

日本みたいに安全な場所って"70点から90点のものがどこでも食える"んですよ
そりゃあ素晴らしいことです
でも危険とされるところ…
グルメなどでは絶対に赴かないはずのエリアかな…
そういう場所に行くと―
20点か5万点なんですよ

『鍋に弾丸を受けながら』角川コミックス 青木 潤太朗  (原著), 森山 慎 (著) 1話より

 

主人公(著者)が、世界の危険とされるエリアで「5万点」の食事をする風景を、読者が見るというスタイルだ。

登場人物が終始落ち着いているので、余計なことにやきもきせずに食事シーンを見ることができる。わたしはこの漫画を大変気に入っている。

 

わたしはグルメ漫画が大好きだ。知っている食べ物のおいしさを登場人物と共感しながら読むのも好きだが、知らない食べ物の味を想像しながら読むのがたまらない。空想の味を味わう材料としてグルメ漫画を摂取している。

しかし、何かの折にグルメ漫画と同じものを食べて、登場人物の感想と自分の感想が食い違うと何となく嫌になる。それ以降登場人物の食レポが信用できなくなってしまうのだ。勝手に信頼して勝手に裏切られていて、滑稽だと自分でも思う。

 

『鍋に弾丸を受けながら』には、今後裏切られることはないと思う。マフィアタウン、熱帯雨林、日本にいては考えられないような地域でしか食べられない5万点のグルメを、へなちょこ温室育ちな日本人はちょっと食べられそうにない。

それゆえ、味覚がものすごく刺激される。幼き頃のクルミのように、食べたことのない料理が次々と出てくると、著者の綿密な食レポも相まって否応なしに空想の味を味わってしまう。

 

キラキラ背景でとろけた顔の登場人物が感覚に訴えかけてくるグルメ漫画も面白いが、わたしはおいしさを文字と絵でおしえてくれるこの漫画が大好きだ。

 

ただ、ひとつだけ他者に薦めづらいポイントがある。

主人公が「長年にわたる二次元美少女コンテンツの過剰摂取により観測するすべての人間が二次元的美少女に見える」という状態であることだ。わたしも二次元の過剰摂取をしてきたオタクなので「まぁそういう人もいるわな」でスルーできるが、受け入れ難い人はいるだろうな、とも思う。いずれにしても、話の本筋ではないのでよくわからなければさっと読み飛ばしてしまえばいい。

 

空想でしか味わえない、自分しか知らない頭の中だけの味を、これでもかと味わえる『鍋に弾丸を受けながら』。早く続きが味わいたい。