「人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。」(中島敦『山月記』より)
山月記では、心に宿る性情(=こころや気質)を制御できなかったために虎になってしまった李徴という男が出てくる。心に巣食う「虎」が彼の心身を虎に変えてしまったのだ。
李徴は虎という名の羞恥心によって虎になってしまったわけだが、心に飼う生き物によっては、ポジティブな変化を遂げることもできるのではないか。虎ではなく、アンパンマンを心に置けば、正義と慈愛の心にあふれる愛されキャラになれるかもしれない。
では、何かとストレスの多い現代社会において、一体何を心で飼えば獣にならずに済むのだろうか。
わたしは、「ハトのおよめさん」を心に飼っておくことをおすすめしたい。
『ああっ女神さまっ』『寄生獣』『げんしけん』などの個性ある漫画を輩出した月刊アフタヌーン。この雑誌で実に約13年もの間連載をしていた伝説の漫画をご存じだろうか。
『ハトのおよめさん』である。
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ハトのおよめさん(通称『ハトよめ』)は、森で暮らす動物たちの日常をえがいた漫画だ。「森」「動物」「日常」ときたらハートフルなほのぼの系漫画を想像しがちだが、本作は一味ちがう。キレッキレのキャラの言動によりかなりほのぼの成分が控えられている。
とりわけ本作のタイトルにもなっている「ハトのおよめさん」というキャラクターは、時にはシニカルに、時にはド直球に森の住民に理不尽と罵詈雑言を届ける。
ハトのおよめさんを心に飼うことで、心の平穏を保てる場面が世の中にはあふれている。
自分と関係ないことで叱られた。
聞いてもいないうんちくを長々と話された。
反応に困るギャグをかまされた。
社会人として生きていれば、こんなことは日常茶飯事。そんなとき、心のハトのおよめさんはなんというでしょうか。
そう
「うるせえ」ですね。
ハトのおよめさんの代名詞ともいえるセリフ。代名詞すぎて1巻の表紙には「うるせえ」差分用の半透明カバーがついている。中古で購入することがあれば、このカバーがついているかどうかは必ず確認しよう。
相手がいかに正論を言っていようと、ハトのおよめさんは「うるせえ」の一言で片づける。表情を変えず、淡々と発するのがまたいい。ハトのおよめさんの無表情、無動作には相手を黙らせる「圧」があるのだ。「いやこの手の作画で表情も何もないでしょ」と思うかもしれないが、そんなことはない。ハトのおよめさんに恨みをもつ猫に弱点であるかんぴょうを渡されたときは驚愕の表情で絶叫してる。表情が豊かなキャラが繰り出す無表情の「うるせえ」は必見だ。
もし、理不尽に怒られたとき、心のハトのおよめさんに「うるせえ」と言ってもらおう。きっと心が軽くなり、目の前の理不尽が些細なことに思えるはずだ。
ただし、うっかり口から「うるせえ」が漏れ出ると、事態はよりややこしいことになること必至なので気を付けたい。もう少しマイルドな表現で相手に伝えよう。
ハトのおよめさんのトレードマークは「うるせえ」だけではない。
むしろこちらこそハトのおよめさんの専売特許ともいえるだろう。
はとビームである。
クマやゴリラやトラなどの生き物が住む森でハトのおよめさんが縦横無尽に活躍できるのは、この技のおかげといっても過言ではない。どんな屈強な生き物だろうと、はとビームの前では無力。すべてを焼き払う最強の技だ。
個人の力ではどうしようもない場面に出くわしたときは、各行政機関などを頼ったあとに、このはとビームを思い出してもらいたい。世の中何とかなるという気分になったりならなかったりするだろう。
ここまでハトよめをプッシュしてきておいて何だが、かなり好みがわかられる作品なので、購入の際はよく注意してね。ハトがムーンウォークしたり、プードルがエクストリームアイロニングしてたりするのが平気なタイプのそこのあなた。ぜひ読んでみよう。
日々たまるうっぷんをハトのおよめさんの罵詈雑言で上書きしてもらおう。
これもまた、心のデトックスだ。
Amazonで試し読みができるので、気になる人は読んでみてね。
李徴は心の虎を飼いならせずに虎に変身してしまったけれど、皆さんはハトのおよめさんを上手に利用して虎にならないようにしてね。
それでは。