わたしもついに、ぶちかましました。
コロナのワクチン2回目。
お噂はかねがね聞いておりまして。とにかくやべえと。副反応がすげえと。わたしったらビビリなもんだからさ、思いつく限りの準備して挑んだ。普段体調を崩すことがないから、想像力をフルに活用した。もうね、ちょっとしたKY活動だった。薬よし!飲み物よし!体温計よし!
なんかね、全然噛み合わなくて。自分の準備を副反応がかいくぐってくるの。せっかくの準備台無し。しかもね、準備も悪かった。爪が甘い。KY活動全然できてなかった。
高熱にうなされながら、こう思った。
「地獄か?」
完全復活を遂げた今、己の身に起きたことを振り返ってこう思った。
「地獄篇では?」
地獄篇とは?
第一圏 辺獄~やれることはやれるうちに~
ワクチンの2回目を打った。1回目のときは、過剰に不安がって熱が上がったような気分になったり、頭痛や吐き気があるような気分になったりしたが、実際はただの思い込みだった。周りから「2回目はすっげえぞ」といわれていたから準備はした。でも、心のどこかで「いや1回目ちょろかったじゃん」という慢心があった。
その慢心から、この日は布団でごろごろして過ごし、寝落ちしてしまう。
風呂に入っていないことに気づかずに。
まさに地獄の第一圏辺獄の亡者だ。
辺獄の亡者は生前洗礼を受けなかった者の留まる場所だ。
キリスト教では、頭や体を水で清めることで洗礼とするらしい。
風呂に入らず、ただ無意味に時間を消費するわたしは、まさに辺獄の亡者。
このときは、副反応は全く出ていなかった。元気そのもの。
辺獄では、ほかの階層と違い罪の呵責は行われない。
つまりそういうことだ。
第二圏 愛欲者の地獄~サイゼリヤ狂い~
第三圏 貪食者の地獄~フードファイト開幕~
第四圏 貪欲者の地獄~ケチは身を亡ぼす~
大食いで膨らんだ腹の痛みに耐えていると、だんだん体の節々が痛んできた。
この痛みは心当たりがある。インフルエンザに罹ったときのそれだ。
熱を測ると、38度。まごうことなき発熱だ。
体温計で熱があるのを見ると、急激に体調が悪くなる。たぶん人類あるあるだ。
とりあえず水だ、水を飲まねば。ウォーターサーバーでコップをかざす。
ピチョン
は?
ウォーターサーバー、暴飲の果てに満を持して水切れ。
我が家のウォーターサーバーは水の入ったボトルをサーバー上部にセットしなければならない。つまり、この関節痛む体で、10kg近い水入りボトルを顔の高さにある差込口にセットしなければならない。
ならば、ペットボトルの水を飲もうと冷蔵庫へ向かう。しかし、冷蔵庫には1本しか飲料がなかった。理由は分かり切っている。ケチって買わなかったからだ。「うちにはウォーターサーバーがあるし、いらんでしょ」つって。いる。全然いる。もちろんこの1本を飲めばいいのだが、ここでもケチが顔を出す。結局ウォーターサーバーを痛む体で使った。
地獄篇の貪欲者の地獄では、ケチったり浪費した者が金の詰まった重たい袋を運んでいるという。たった数百円をケチってペットボトルを買わなかった哀れな女が、ウォーターサーバーのボトルを交換する様子と何が違うだろうか。
第五圏 憤怒者の地獄~当てつけよくない~
体温が38度~39度をさまよっているころ、重大な問題が発生した。
服がないのだ。
結婚してすぐのとき、夫と口論になったことがある。わたしの服が散らばっていて部屋が汚いことについてだ。わたしは、「タンスにはもう服を入れるスペースがないから部屋に散らばっているのだ。服の整理のためにはタンスを買い足すべきだ」、夫は「まずは服を整理してからタンスを買い足すべきだ」と、意見をぶつけ合った。片付けが先か、タンスが先か。このときわたしは、「じゃあ一生このちっさいタンスで服をやりくりしてやる!」と当てつけのように服を捨てた。今も春夏秋冬すべての服はこども用タンス1つに収まっている。そのせいで、2日ほど洗濯をさぼると、たちまち服の選択肢が激減する生活を送っている。
このときもすでに3日洗濯をしていなかった。もう服や下着のストックがない。憤怒者の地獄の亡者よろしく、怒りに身を任せた結果、身を滅ぼしたのである。
このころ、寒気が徐々に出始めていた。沼を掻くような足取りで、着れる服を探した。
第六圏 異端者の地獄~服は日常的に着よう~
第七圏 暴力者の地獄 ~体温計は大切に~
地獄篇の暴力者の地獄は、暴力をふるったものが行く場所だ。暴力の内容に応じて3つの場所に振り分けられる。
このとき、わたしは技術に対する暴力の地獄にいた。
体温計が動かない。理由は明らかだ。計測しては投げ、計測しては投げ、とぞんざいな扱いを続けたからだ。「次39度以上熱があったら解熱剤を飲もう」と決心していた矢先の出来事だった。
神と自然と技術に対する暴力に対しては、火の雨が降りかかるという。体温が上がり続ける様は、火の雨の如し。
後日談だが、体温計は電池を替えたら直った。
第八圏 悪意者の地獄~人を呪わば穴二つ~
第九圏 裏切者の地獄~39度の死闘~
このとき、寒気がピークに達していた。体温は40度近くあるのに、一向に暑さがやってこない。冷や汗が背中を濡らし、より寒く感じる。
ここは裏切者の地獄。極寒の地で裏切り者が罰を受けるのだ。
寒さに震えていると、目の前を何かが横切る。
黒くて、足がわさわさと生えている。
虫だ。
この寝室に虫が出たのは2回目だ。
1回目は、春先。カーテンの隙間からコンニチハしていた。当時わたしはパニックになり、ゴキブリにまだ気づかぬ夫を一人置いて一目散に寝室から飛び出し、風呂場へ避難した。ご丁寧に寝室の扉は閉めて、だ。
寝室に一人残された夫は、ゴキブリと強制戦闘である。
これを裏切りといわず、なんとする。
いま、あの時の報いを受けているのだ。
熱でもうろうとする意識で、秘剣ザッシマルメターノを装備する。
ぽこんと叩くと、あっけなく虫は床に落ちた。
カメムシだった。
この部屋を支配する臭いに、新たな要素が加わった。
地獄のおわり
カメムシとの闘いで、わたしの体力は底をついた。
立ち込める臭いにも目が覚めることなく、深く眠った。深すぎて15時間近く寝てしまった。
起きたら、熱も下がり、痛む関節もすっかり良くなっていた。相変わらず体臭はえげつなかった。
わたしの地獄篇は終わったのだ。
地獄の門には『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と記されれている。確かに希望も何もなかったが、これでわたしは晴れて抗体もりもり元気パワーを手にした(はず)。副反応に限っては、希望があるのだ。
これからワクチン接種をする皆さま、常識的に準備すれば大丈夫だと思いますので、わたしを反面教師に地獄を乗り切ってね。
それでは。